あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます!本年もどうぞよろしくお願いいたします。   先月は、アメリカにいる義理の息子が京都に遊びに来ていたのですが、そのときになんとわたしの踊りを撮ってくれていて、そしてつい先程、完成した動画を送ってくれました。       こちらは「地歌 茶音頭」。     「地歌 雪」     「地歌 鐘が岬」   お手すきの際にでも、もしご覧いただけましたら嬉しいです!   どうぞ本年も、みなさまにとって良き年になりますよう、お祈り申し上げます。   若柳志寿 わかやぎしず 2018年1月1日   [English Translation] Happy new year! On the first day of this year, my step son completed films of my dance and sent to me a while ago. I am so happy to receive this wonderfulContinue reading “あけましておめでとうございます!”

高台寺の遺芳庵

年末をお忙しく過ごされていらっしゃることと思います。 わたしは先日、久しぶりに高台寺に。 こちらの高台寺の茶室、遺芳庵が、実は後世の方が灰屋紹益と吉野太夫を偲んで建てたものとはじめて知って驚きました。 今年の五月は、吉野太夫ゆかりの常照寺(京都・鷹峯)にて「花と箏と歌と舞」を催させていただきました。 常照寺も大変すばらしいお寺で、天下の名妓とうたわれた吉野太夫の寄進された吉野門とご本人の墓所があります。 毎年四月に開催される花供養は、いろいろな形式でお茶が楽しめ、また島原の太夫による献茶、そして道中も楽しみ。 来年も行きたいなあと思いつつ。 今年は大変お世話になり、本当にありがとうございました。 来年もどうぞよろしくお願いいたします。 若柳志寿 2017年12月28日 [English Translation] I visited Kodaiji Temple the other day. Then I was very surprised to know that the tea house “Iho-an” in the Kodaiji Temple was actually dedicated to Yoshino-dayu and Shoeki Haiya, a legendary couple in the Edo period. I held “Flower and KotoContinue reading “高台寺の遺芳庵”

「縁の会」無事に終了いたしました。

おかげさまで、先日、縁の会が無事に終了いたしました。 寒い中、たくさんのお客様にご来場いただき、また応援いただき、本当にありがとうございました。 はじめての「地歌 雪」でした。大曲でもあり、日本舞踊の基本(足の運び、立ち方、決まりの仕方など)を、基礎から勉強し直しさせていただいて、向かった曲でもありました。   写真は、一部ですが、当日の様子が伝わりましたら幸いです。   [English Translation] The 8th YUKARI-NO-KAI was successfully finished the other day. Thank you so much for all your support and encouragement!!    

縁の会まで、あと二日!

今日は、明後日の縁の会(ゆかりのかい)に向けて、大原の三千院に、写経を奉納させていただいてきました。 お稽古すればするほど、なぜかへたくそになっているようにしか思えない、「地歌 雪」。。 どうなるやらわかりませんが、とにかくやるだけやった!と思えるように、これからラストスパートです!! 明後日、ご都合が合いましたら、ぜひいらっしゃっていただけたら嬉しいです。 詳細はこちらから。    

わたしのからだはわたしの魂の社 part 3

わたしが、アメリカはカリフォルニアの、ムーブメントをベースとする表現アート(芸術を、癒しや、コミュニケーション、コミュニティーワークといった多分野に活用させようとする分野)を学ぶ、タマルパ・インスティチュートという学校で学んでいたとき、先生が、 “Own your body.” ということを言っていたのをよく思い出します。 Own Your Body 直訳すると、 自らの身体を所有せよ なのですが、わたしは、これを、「自らの身体(運動)感覚を取り戻せ」、ということだと理解しています。 これもまた、タマルパの創始者であるアナ・ハルプリンが言っていたことなのですが、人の感覚は五感、すなわち、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚ということだと誰もが思っています。 そう、身体(運動)感覚は、生きる上で、必要不可欠のものであるにもかかわらず、わたしたちは往々にして、それを意識にとめることもないのです。 アナは、人の第六感、すなわち、五感によってとらえられないものを直感的に捉える感覚は、この身体(運動)感覚に帰するのではないか、とまで言っていました。 それについては異論はあるかもしれませんが、たとえば、階段を上り降りする、砂利道を歩く、混雑した通りの中で人とぶつからずに歩く、などという日常的な運動行為のすべてが、この身体(運動)感覚に頼っていることは間違いありません。 あまりにも身近であるために、ほとんど意識に上ることもない、この身体(運動)感覚が、実は、精神の健康にとってもとてつもなく重要であるということを学んだのは、沖縄の精神病院に二年間働いていたときでした。 その精神病院では、統合失調症や、躁鬱、鬱といった精神の病を患われた患者さんたちが、入院されていました。 統合失調症の患者さんの多くが、人との距離感が取れないということがあるのですが、それは、実は、身体的な困難ではないかと感じていました。 ある患者さんは、他者との物理的な距離感が理解できないために、相手に実際に触ってみて、相手と自分という距離感を探る、ということを、行わなければ気が済まないようでした。 ある患者さんは、自身と他者との境界がやはり明確ではなく、他者が自分の中に入ってくる、という恐怖に脅かされていました。 Own Your Body 彼女には、たとえば、床を叩いてみる、わたしと手と手で触れてみる、叩いてみる、という身体運動を通して、彼女自身の皮膚が、彼女自身を支え、他との安全な境界となっているのだ、ということを体験を通してからだで理解することが、大きな安心につながったということもありました。 実際のところ、現代の社会に生きるわたしたちにとって、日常生活のなかで、身体感覚をきちんと感じながら運動行為を行う、ということは、心がけていない限り、中々難しいですよね。 たとえば、ヨガをされる方は、単にヨガのポーズを取ることだけでなく、そのポーズを取る過程における身体(運動)感覚を、きちんと感じて、そのポーズを取っていらっしゃるのだと思います。 実は、日本舞踊でも、(身体感覚を感じて動くという点では)そうなんです^^ 日本舞踊では、摺り足ということを行うのですが、これは、きちんと身体感覚を感じていなければ、中々むずかしいんです。 足をぴんと伸ばしたまま摺り足をすると、、、 ロボットのような動きになるか、あるいは単にこけてしまいます。 ではどうするかというと、おへそから三本指下辺りにある、丹田という場所に力を入れて、腰を落とし、そうして摺り足をします。背骨はねじり上げるように。そうして、重心が右から左に、左から右に、移動しているのを感じながら、滑るように、歩く。 身体(運動)感覚をフルに稼働させなければ、とてもできないと思います。 重心を感じるということは、日本舞踊では大切なことですが、実は、先に触れたアナも、Gravityを感じて動く、ということをしばしば言っていました。 アナ・ハルプリン自身は、ポストモダンダンスの創始者とも言われる人なのですが(今も存命で教えています)、もっとも現代的なポストモダニズムと、数百年の歴史を持つ日本舞踊につながりがあるということに、驚きます。 長くなってしまったので、ここまでにしたいと思います。 再び、長文お読みくださり、ありがとうございました^^

わたしのからだはわたしの魂の社 part 2

人が絶望するとき、それは、その人が、その人の人生を、どうすることもできない、と感じてしまうとき、といってもよいかもしれません。 わたしたちは、わたしたちの人生を、自分自身の意図によって創造していくことができていると感じているときは、大概のことがあっても、乗り越えていけますよね。 たとえ、それが、失敗したという挫折感であっても、自分自身の手で人生を創造していくことができているという確信があれば、それでも、立ち上がっていくことができる。 そうではなく、自分自身によって、自分の人生をどうすることもできない、と感じてしまったとき、わたしたちは、人生に絶望するのだと思います。 もしそのような状態に陥ってしまったとき、あなたなら、どうしますか? きっと、生きている限り、絶望を経験することは誰にも起こりえるし、そうして、千人いたら千通りの、回復への道のりがあるのでしょう。 わたし自身が、動けなくなるほどの気持ちの落ち込みを経験したとき、行ったことは、やっぱり、「からだをうごかす」ということでした。 わたしのからだを動かす、ということは、極限の状態にない限り、多くの人にとって可能なことだと思います。 それもできない、というときは、ただ呼吸をする。 お腹の中にある空気をできる限り吐き出して、そうして、自然と空気が入ってくるのを感じます。 それを何度か繰り返します。 もっと新鮮な空気が吸いたいと感じて、窓を開けたくなるかもしれません。 開けてください(^^) そうして、できたら、歩いてみてください。 歩く、ということに意識を集中して。 そうして、右足から左足に、左足から右足に、重心が移動するのを、体感で感じてみてください。 かかとから歩くことを心掛けると、重心が移動していることを感じやすいかもしれません。 ゆっくり、時間をかけて、わたしが歩いている、ということを、感じて、経験してみてください。 そうして、ふと止まって、一つ呼吸をしてみて。 そうして、また歩き出します。歩くこと、止まって呼吸をするということを、何度か繰返しやってみて。 次に、自分の周りの空気を感じながら、ゆっくりと、舞うように、歩いてみて。 誰も見ていないのだから、上手とか、下手とか、気にしないで^^ 気が済むまで空気と一緒に舞うことができたら、深呼吸して、座ります。 画用紙とクレヨンがあったら、鉛筆でもいいです、好きな絵を描いてみてください。 子どもの落書きのようなものでも大丈夫。 絵が描けたら、その絵を見ながら、思いついた言葉を裏に書き出してみます。 次に、その言葉を好きなように並べて、簡単な詩をつくってみて。 ちなみに、これは今朝のわたしの「詩」です: 「ツクツクボウシが飛んでいる わたしがいっぱい飛んでいる あなたとわたし ここにいる」 ね、簡単でしょう?(笑) 絶望を乗り越える、ということと、歩く、絵を描く、(簡単な)詩を書く、ということとの間に、大きな隔たりを感じる方もいらっしゃるかもしれません。 そうなのかもしれません。 ただ、わたし自身にとって大切だったのは、わたしがわたしの生の創造主である、という感覚を、わたし自身が取り戻すということでした。 すなわち、いまという時、ここという場において、わたしは、わたし自身の意図によって、呼吸をし、からだをうごかし、絵を描き、そうして文章を紡いでいる。 わたしの人生は、今、わたしにとってどうすることもできないようなものかもしれない、でも、いまという限定された時、ここという限定された空間において、わたしはわたし自身の生の創造主であると。 そうすると、人は不思議な生き物なので、 なんとかなるのかな、と思ってしまう わたしが、創造主 Creator として、自らの生を生きていくことができるのだ、という感覚を取り戻すこと、 それは、困難がなくなるとか、そういうことではないのでしょう。 そうではなくて、困難がいかなるものであろうとも、 わたしが、わたしとして、生きていくことができる。あるいはそう信じる。 面白そうと思われた方は、ぜひご自宅で、試してみてください^^ 長文お読みくださり、ありがとうございました。

わたしの身体はわたしの魂の社

  「ただ歩く」、ということをあえて行ってみると、当たり前のようだけれども、わたしのからだは、一歩一歩しか歩けない、ということにあらためて気づきます。   そうして、一歩一歩、歩けるのだ、ということにも。   When I put my attention to just simply “walk”, I notice that my body cannot move forward except one step at a time. And then I notice that I can walk, one step by one step.     少し足をひきずって歩いてみようか   Should I drag my feet a little   もう少し腕を伸ばしてみようか  Continue reading “わたしの身体はわたしの魂の社”

今日のお客様

今日の日本舞踊体験のお客様は、台湾から来たアリスちゃん。 カウンセラーを目指してインターンシップに励む大学生です。 Today’s dance experience student was Alice from Taiwan. She is a college student, working hard for her internship to be a counselor.     今日はありがとうございました!! Thank you so much for taking my dance class today!!  

「間」について

よく、間(ま)が良い、とか、間を持たせる、間を置く、なんて言います。 この、日本語に独特の、「間(ま)」って、一体何なのでしょうか? 岩波古語辞典は、「間」について、次のように書いています。 「連続して存在する物と物との間に当然存在する間隔の意。 転じて、物と物との中間の空隙・すきま。 後には、柱や屏風などにかこまれている空間の意から、部屋。 時間に用いれば、雨マ・風マなど、連続して生起する現象に当然存在する休止の時間・間隔。 また現象・行為の持続する時間の意。」   つまり、古来より、日本において、「時間」ということと「空間」ということが、「間(ま)」という一つの言葉によって認識されていた、ということがわかります。   不思議だと思いませんか?   実は、それを考えるプロセスにおいて、大きなヒントとなったのが、建築家、磯崎新さんによる著書『見立ての手法』でした。 彼は、古代の日本人が、空間を認識するために、可視的な自然を分節化していったこと、そのための手がかりとなったのが、太陽の運行であったことを述べて、こう言います。 「<カミ>のモデルとして意識されたのが太陽で、その運行が時間と空間を大きく分節した。ひる/よる、明/闇、神界/冥界などで、その分節のしるしを自然界の中にさがした。神体山、いわくら、神木のようなシンボルである。ついで、その空間は微視的には一種の霊魂で充満しているとみられた。それが<カミ>で、一定の手続きを経て<よりしろ>と呼ばれるシンボルに降臨する。四隅にたてられたポールやたんに張られた縄が場所を指示する。常時は空洞でしかない囲われた空間に、<カミ>が出現するとみられていた。・・・空間はそのなかで発生する出来事を介して感知されていた。時間を介してのみ空間はとらえられていたといってもいい。」   すなわち、彼は、わたしたちが、ここは聖なる場所、と決めた場所において、<カミ>を呼び起こすということ、そのプロセスそのものが、この日本という地において、時間、ということと、空間、ということが認識されたはじめだというのです。     でもそのことを知ると、なぜ、日本において、八百万の神、ということが言われたのかがわかりますね。 毎日、太陽が東から登ってきて、西へ沈む。 現在のわたしたちは、地球が自転しているから、太陽が移動しているようにみえることを知っているけれど、当時の人々にとって、それは神秘そのものだった。 そしておそらく、太陽は、あの山から、あの岩間から登ってくる、あるいはあの海から登ってくる、そういう感覚だったのではないでしょうか。 だからこそ、わたしたちは、太陽が昇ってくる山を神体山と呼び、岩をいわくらと呼び、そして地平線の彼方から太陽がのぼってくる、あの海の向こうに常世の国、ニライカナイがあると信じた。聖なる時を呼び起こす空間であるからこそ。   踊る、という行為も、きっと、当時は、聖なる「間」に捧げるために、行われたのではないかと、ふと思います。   今日も長文お読みくださり、ありがとうございました。