型と、創造と。

5月28~29日に共同主催させていただく「自然の声を聴くリトリート」は、昼間は、じょな魔女さんによるハーブについての室内ワークおよび貴船の森での野外ワークがあり、その後、じょな魔女さんによるスペシャル薬膳カレーの夕食の後は、私のリードする時間となっているのですが(汗)、その時間、何をしようか・・・と。。

日本舞踊をするか、リトリートなので、表現アートで自由な創造の時間を作るか、と、しばらく悩んだあげく、昨日、ふと思い立って、どっちもやってしまえ、と。(笑)

でも、その葛藤は、体に染み込んだ日本舞踊の世界と、アメリカおよびスイスで学んだ表現アートセラピーの世界を、どのように統合させていったらいいかという、私の長年の模索そのものでもありました。

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何世代も昔から、型によって伝統が守られてきた日本舞踊の世界と、只今の自分を即興によって表現することによって、創造と発見、癒しが起こる表現アートセラピー、それが、互いにとって自然な形で、私なりの方法で、統合することができたらと、ずっと思っていました。

真逆なように思える、伝統と型の文化である日本舞踊と、即興と創造、発見の世界である表現アートセラピーですが、一つ、共通点があります。それは、「私と世界の関係性を表現するものだ」っていうことなんです。

私だけでもなく、世界だけでもない、関係性を表現するものだからこそ、あらゆる人が、理解し、共感しうることができると思うのです。

(たとえば、日本舞踊では、「何かを指す」という仕草をするとき、体の半分は、指す方向に、もう半分は、自分の中心に引っ張るように、体を動かします。そうすることによって、指すものと私との関係が、表現されるんです。)

今回のリトリートでは、まず、「京の四季」という上方端唄(江戸時代、京都・大阪に発展した短い三味線音楽です)を古典舞踊でお見せしたあと、じょな魔女さんのライアーに合わせた即興舞踊をし、最後に、参加者の皆さまと一緒に、日本舞踊における見立てという手法と、表現アートならではの即興を組み合わせた、参加者の皆さまの「私と世界の関係」を、みなさんに、踊りによって表現していただこうと思います。

「見立て」というのは、お扇子一本で舞う必要性から生まれた、お扇子によって、流れる水や舞い落ちる花びら、降る雪、お酒を飲むなど、様々なものを表す日本舞踊の手法ですが、同じ用法は、たとえば日本庭園の、石を用いて水を表すという手法にも見られます。白い小石を敷き詰めて、川や海を表現したり、大きな岩を滝に見立てたり。

ここでは、てんぐすき、という和紙を用いてみようと思います。

tengusuki washi

この和紙、ティッシュペーパーよりも薄い和紙ください、というと、和紙屋さんで「ああ、あれですね」といって分けてくれます。

軽いので、ふっと空中で手を放しても、ゆらゆらと、舞い踊るように落ちてきます。それは、花びらなのか、木の葉なのか、あるいは樹々を通す日の光なのか。それとも亡くなった人の魂なのか。

 

「見立て」という型を用いることで、逆に、その人を狭めていた限界がふと溶けて、創造性が広がる・・・そんな体験をしていただけたら、、と思います。

 

「自然の声を聴くリトリート@京都」詳細およびお申込みは、じょな魔女さんのブログページまで→

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